「キャリア開発」とは、従業員のキャリアを中長期に考え、企業がそれぞれの能力やスキルアップをさまざまな形で支援する育成法です。変化のスピードが激しい現代の経営環境下において、キャリア開発の推進は従業員のみならず企業にもさまざまなメリットがあります。そこで今回の記事ではキャリア開発が必要な理由とメリット、推進のための具体的な手法、注意点について詳しく紹介します。
キャリア開発はなぜ必要?メリットや推進のための具体的な手法を紹介
この記事のまとめ
- 終身雇用や年功序列といった雇用制度が崩壊した現在、従業員それぞれが自律してスキル・知識・経験を身につけていく必要が高まっている。
- 従業員のキャリア自律を支援することによって、企業には「組織の活性化」や「優秀な人材の獲得・定着」などのメリットがある。
- キャリア開発を促進する手法としては「キャリア研修」や「相談窓口での面談」など、個々の従業員に合う手法を選択できるようにする必要がある。
- キャリア開発が必要な理由
- キャリア開発の3つのメリット
- 組織の活性化
- 生産性の向上による業績アップ
- 優秀な人材の獲得や定着率の向上
- キャリア開発を推進するための6つの手法
- キャリア研修
- 面談・面接
- キャリアパスの提示
- 人事異動
- 副業や兼業の許可
- 外部講師の活用
- キャリア開発に取り組む際の5つの注意点
- 信頼関係に基づいて実施する
- あくまでも従業員を主体として考える
- 従業員の志向に応じたサポートをする
- 第三者に相談できるようにする
- キャリアについて考える機会を提供する
- キャリア開発に活用できるツール・プログラム
- ジョブ・カードでキャリアや能力を整理する
- キャリア・アンカーを明確にしてキャリアの軸をつくる
- キャリア開発の助成金制度
- 人材開発支援助成金
- キャリアアップ助成金
- まとめ
- Footnotes
キャリア開発が必要な理由
これまでの社会では「終身雇用」や「年功序列」といった雇用制度を前提とし、社内での昇格=キャリアアップと考えられてきました。しかし「終身雇用は崩壊した」といわれる現在では、長期雇用が難しく、どの企業においても倒産や解雇などのリスクを伴います。また、事業の多様化から、従業員にもさまざまなスキルが求められるようになりました。
このような社会環境の変化から、従業員それぞれが自身の能力や適性を見極め、必要なスキル・知識・経験を得て自律する必要性が出てきています。企業側は従業員の要望に対し、研修や人材配置などキャリアアップの個別支援が求められるため、キャリア開発に注目する企業が増えているのです。
キャリア開発の3つのメリット
キャリア開発を行うことで得られる企業のメリットは、以下の3つです。
- 組織の活性化
- 生産性の向上による業績アップ
- 優秀な人材の獲得や定着率の向上
それぞれ順に詳しく紹介します。
組織の活性化
キャリア開発は、従業員それぞれが自身のキャリアや能力について自発的に考え、行動するようになる好機です。上司からの指示を待つだけでなく、自らのスキルや強みを最大限に発揮できる人材へと成長することを促進できるため、組織の活性化につながります。一人ひとりが働くことに真剣に向き合い、今後のキャリアを計画するようになれば、仕事に対して責任感が増し、自律した人材が形成されるでしょう。
また、キャリア開発を行うことで、従業員は自身のキャリアの悩みや不安を打ち明けられる機会が増えます。企業に対して「自分を大切にしてくれている」と感じるようになり、モチベーションの向上も望めます。
生産性の向上による業績アップ
社員の能力やモチベーションが向上し、それぞれが主体となって働くことで、企業の生産性が向上します。社内にこのような風土が根付けば、これまでより少ない人数でも大きな成果を生み出せるかもしれません。人件費をはじめとするコストの削減や収益の拡大が見込め、業績アップが期待できるでしょう。
優秀な人材の獲得や定着率の向上
キャリア開発に熱心な姿勢を示せば、企業の評判も高まり、優秀な人材が集まりやすくなる点もメリットです。特に、自ら成長する意欲のある人材の獲得に効果を発揮するでしょう。中長期的なキャリアを共に考えることで、既存の従業員も自社で長く働くイメージを持ちやすくなるため、結果的に優秀な人材の定着にもつながります。
キャリア開発を推進するための6つの手法
キャリア開発を推進するための主な手法として、具体的に以下の6つがあります。
- キャリア研修
- 面談・面接
- キャリアパスの提示
- 人事異動
- 副業や兼業の許可
- 外部講師の活用
それぞれ順に詳しく紹介します。
キャリア研修
キャリア研修は、従業員が自身のキャリアと向き合うためのきっかけ作りの場として有効です。キャリア開発を成功させるために、自身が持つスキルや強みをどのように活かせるのかを考えてもらいましょう。キャリアに関する研修と併せて、さまざまな知識やスキルを学べるテーマ別の研修を実施するのも効果的です。
面談・面接
キャリアについて話し合うために、面談や面接を行うのも有用な手段です。悩みや不安を解決し、最適な道筋へ導くことで、自身のキャリアをプラスに捉えられるようになります。企業側は従業員が抱える悩みや不安、不満を明確に把握できるため、キャリア開発の課題に対する解決策を立てることが可能です。面談の際は、従業員に共感する意識を持って傾聴し、コーチングするようにしましょう。
キャリアパスの提示
キャリアパスとは、目指す役職・地位・役割を見定めた時にクリアすべき基準や必要とされるスキル・経験などを示したものです。従業員は、所属する部署や自分の周辺のみの狭い範囲で自らのキャリアを考えてしまう場合があります。さまざまな可能性に気づかせ、キャリア開発の選択肢を増やすためにも、企業側で多数のキャリアパスを用意して提示しましょう。従業員が自身の可能性に気づけば、自己実現に必要なスキルや知識の習得に意欲を持って取り組むようになるでしょう。
人事異動
同じ部署で長く働いているだけでは、習得しにくいスキルや経験もあります。そのため、従業員の中長期的なキャリアを考慮するのであれば、人事異動や配置換えも効果的な場合があります。一言で「人事異動」と言っても、その制度はさまざまです。異動は企業側から一方的に指示するイメージがあるかもしれませんが、本人の希望で申告できる「自己申告制」を導入すれば、より主体的なキャリア形成の一助になるでしょう。
その他、増員が必要とされる部署を公開して応募を促進する「社内公募制」、従業員が自身の経験やスキルをアピールする「社内FA制」、一定の周期でさまざまな部署を回る「ジョブローテーション制」など柔軟な制度の導入を検討し、社内でスキルアップを図れるような環境を整備しましょう。
副業や兼業の許可
副業や兼業を推進して、本業以外の仕事にチャレンジするための支援を行う企業も増えています。副業や兼業で培った経験が本業で役立つ場合もあり、従業員のスキル向上にもつながる施策です。また、勤続年数が長い従業員の中には、社内でのキャリアアップに限界を感じ、モチベーションが低下してしまう人も少なくありません。異なる業務に触れ、新たな刺激を得ることで、より一層の活躍が期待できるようになります。
外部講師の活用
キャリア関連のセミナーを行う際は、外部講師を活用するのも有用です。専門の研修会社や、キャリア支援を専門とするコンサルティング会社に依頼すれば、企業に合うさまざまなプログラムを提案してくれます。また、外部の視点が入ることで、社内からの視点だけでは分からない課題が浮き彫りになるため、新たな気づきも得られます。
キャリア開発に取り組む際の5つの注意点
キャリア開発に取り組む際の注意点には、以下の5つが挙げられます。
- 信頼関係に基づいて実施する
- あくまでも従業員を主体として考える
- 従業員の志向に応じたサポートをする
- 第三者に相談できるようにする
- キャリアについて考える機会を提供する
キャリア開発をより有意義なものにするためにも、それぞれの注意点に意識しながら取り組みましょう。
信頼関係に基づいて実施する
キャリア開発を成功させるためには、従業員との信頼関係が必要不可欠となります。社内制度が整っていなかったり、上司や経営者の方針や人間性に不信感があったりすれば、組織への不満は高まるばかりです。その状態でキャリア開発を始めても、自社での今後のキャリアを考えるのは難しくなってしまいます。日頃から従業員エンゲージメントの向上を意識し「この会社でキャリアを築きたい」と思ってもらえる環境づくりを心がけましょう。
あくまでも従業員を主体として考える
企業がキャリア開発に取り組む目的は、従業員のキャリアの自律を助けることだという点を忘れてはいけません。従業員に「言われたから仕方なくやっている」と思わせてしまうと実施する意味がなくなってしまうため、注意が必要です。企業はあくまでサポートする側であることを認識し「本当に従業員が理想とするキャリアの実現に役立つのか」を重視した仕組みを整えましょう。
従業員の志向に応じたサポートをする
キャリア開発でありがちなのが、自社が求めている人材や事業に必要なスキルなど、会社を軸とした観点で育成を進めてしまうことです。しかし、企業が一方的に考えた育成計画が従業員の志向とマッチしていない場合、実行する意味がなくなってしまいます。従業員の属性や志向が違えば、培うべきスキルや積むべき経験も変わります。従業員の属性や職種、志向などをしっかりと理解し、それに応じたサポートを行いましょう。
第三者に相談できるようにする
従業員のすべてが、目標を自発的かつ明確に掲げられるわけではありません。そのため、キャリア相談窓口などを設置し、第三者に相談できるようにするのも有効です。近年では、キャリアコンサルタントの国家資格を持った専門職を配置し、キャリア相談窓口を設ける企業が増えてきています。専門職の配置が難しい場合は、同じ部署の先輩社員が指導役となってアドバイスをする「ブラザー・シスター制度」や、先輩社員が後輩社員の相談に乗る「メンター制度」を取り入れるのも効果的です。
キャリアについて考える機会を提供する
目の前の仕事に追われている場合、自分の未来について考える時間を取る余裕はなかなか持てないものです。また、今置かれている環境に慣れすぎて、積極的な変化を望まない人もいるでしょう。従業員の年齢やフェーズに合わせて、自己理解を深める研修の実施や、部署を横断したプロジェクトへの参加を促すなど、キャリアについて自律的に考える時間や機会を増やすことも重要です。
キャリア開発に活用できるツール・プログラム
ツールやプログラムを活用すれば、キャリア開発を円滑に進められます。ここでは、その一例を紹介します。
ジョブ・カードでキャリアや能力を整理する
「ジョブ・カード」は、生涯を通じたキャリアプランニングや職業能力証明の機能を担うために厚生労働省が推奨しているツールです1。履歴書や職務経歴書のように経歴や資格・スキルなどを記入して、キャリアを可視化できます。キャリアや能力を整理することで、自身のキャリアを客観的に考えられるため、キャリア開発を行う上で非常に有効です。社内で行うキャリアプランニングのツールとしても活用されています。
キャリア・アンカーを明確にしてキャリアの軸をつくる
「キャリア・アンカー」とは、1970年代にアメリカの組織心理学者エドガー・H.シャインが提唱したキャリア形成の概念です。自らのキャリアを選択する際に最も大切で犠牲にしたくない価値観や欲求を指し、キャリアを選択する際の判断基準として役立つ概念です。「安全性」「管理能力」「技術的・機能的能力」「創造性」「自律・独立」「奉仕・社会貢献」「純粋な挑戦」「ワーク・ライフバランス」の8つに分類されます。これらを明確にすることで各自のキャリア観が分かるため、キャリアの軸を形成するのに有効です。
キャリア開発の助成金制度
キャリア開発については国も促進しており、厚生労働省から受けられる2つの助成金制度があります。
人材開発支援助成金
「人材開発支援助成金(旧・キャリア形成促進助成金)」とは、企業が雇用している従業員にスキルアップや知識の習得につながる職業訓練などを実施した場合にかかる諸経費、訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。助成金は「人材育成支援コース」「教育訓練休暇等付与コース」「人への投資促進コース」「事業展開等リスキリング支援コース」「建設労働者認定訓練コース」「建設労働者技能実習コース」「障害者職業能力開発コース」の7コースが用意されています。
キャリアアップ助成金
「キャリアアップ助成金」は、有期のパートタイマーや契約従業員といった非正規雇用の労働者のキャリアアップを促進するための助成金制度です。正社員化支援として「正社員化コース」「障害者正社員化コース」、処遇改善支援として「賃金規定等改定コース」「賃金規定等共通化コース」「賞与・退職金制度導入コース」「短時間労働者労働時間延長コース」の6コースが設けられています。
まとめ
従業員を主体としたキャリア開発は、従業員自身のスキルを向上させられるばかりか、企業の組織活性や人材の定着率の向上、企業価値の向上にもつながるものです。従業員にとっても企業にとっても、大きなメリットをもたらします。まずは従業員一人ひとりに寄り添い、キャリアに対してどのような要望を持っているのか確認しましょう。それぞれが持つ能力を存分に伸ばし、発揮してもらうことで、企業の生産性が向上し、業績アップも期待できます。
Footnotes
今回の記事では、キャリア開発の必要性やキャリア開発を促進する6つの手法について解説いたしました。「人材難」と「イノベーションの創出」を課題とする現代においては、「従業員が目指す方向性」と「組織の方向性」の一致点を認識し、パートナー感覚を持ってキャリアを築いていくことが理想形となります。
こちらの記事では、個人と組織のWin-Winを実現する教育的アプローチや包括的な施策の組み合わせ方をご紹介しておりますのでぜひお役立てください。